おおかくちともみ
大角地 友美
1983年4月6日生まれ
吉見町出身
東松山市在住
山村女子高校卒業
日本体育大学卒業
家族:夫、長男、長女
血液型:A
苦手:早起き
趣味:植物、掃除、ペットショップ巡り
座右の銘:試行錯誤
(ここからはとても長くなっておりますが、読んでいただけると幸いです。)
ーー魔法使いコーチとの出会いーー
幼少の頃より身体を動かす事が得意だった私は、同級生の友達に誘われ小2でバスケットを始めます。
走る事以外は楽しさを感じず、バスケットには一切興味をもちませんでした。
ですが、練習に行くたびに声をかけてくれるコーチに会うため、休憩中に友達と遊ぶことを楽しみに2年間通いました。
「今日もよく来たね~」
ここで出逢えたコーチは、「魔法使い」でした。私も沢山の仲間も入部して少しすると
バスケットが好きになる!
夢中で楽しむようになる!
ここから高校3年生で卒業するまでの10年間。
365日バスケットのことばかりを考え、家の中でもバスケットボールを抱えて離さないバスケットバカに成長します。
両親はいつも言っていました。
「頑張りすぎたら疲れちゃうよ。たまには休むことも必要だよ。」
心配をよそに、生徒手帳には毎月目標を書き込み、
授業中に自分の書いた練習日誌に赤ペンをいれるド真面目なのが
功を奏し、高校はバスケット強豪校へ進みます。
ーー挫折、でもなんともないーー
高校はスポーツの実績で入學をすることができました。
1年生から試合に出場していた私は、少し生意気な後輩だったかもしれません。
転機がきたのは、高校2年生の春でした。
バスケットの業界ではとても有名な指導者が顧問になりました。
その先生に引っ張られ沢山の優秀な後輩が入部してきました。
先生の指導方針は「文武両道」
学問を疎かにしていた私がミスをする度言われた言葉は
「チビでバカはバスケをするな!辞めちまえ。」
仲間はごっそり辞めていきました。
今考えると、とても酷い言葉だと思えるのですが、当時の私はなんとも思いませんでした。
「上手になりたいから!強くなりたいから!なによりバスケットが楽しくて仕方がないから!」
朝は誰よりも早く体育館に入り、自分が決めた練習を仲間がくるまでにこなす。
お正月三が日の部活唯一のお休みも、ランニングを欠かさない。
引退試合となった試合は今までで1番シュートを決め、リバウンドに飛び込み、気持ちよく選手を辞めたのでした。
不思議と未練もなく「やり切った、こんなもんだな」と少し諦めもあったのかもしれません。
ーー体育教師?トレーナー?ーー
運動が得意だった私は、なんの迷いもなく体育大へ進学します。
なぜか幼い頃から、体育の先生になるような気がしていました。
ですが、中学・高校と度重なる怪我でサポートして頂いたドクター、トレーナーへの感謝の想い忘れられず
「自分自身も頑張る人をサポートする側にまわりたい」と思うようになり
大学では、トレーニング・リハビリ・栄養学などを学び、休日は社会人チームのトレーナー活動をさせていただきました。
ーーキッズ体操との出会いーー
忙しい学生生活を送る中、可愛がって頂いていた教授から
「公共施設で開催されている幼児向けの体操教室のサポートをしてもらえないか?」
と、話しがあり参加したのがきっかけで、
キッズの楽しそな笑顔!
のびのびと身体を動かしながら思いっきり気持ちを表現する素直さ!
に魅了され
この2週間後には私が1人で運営する教室になります。1度に30名定員があっという間に埋まってしまう、人気教室になるのでした。
「ともちゃんせんせい~」
いまでも子供達の声は鮮明に覚えています。
ーースポーツジムへ入社ーー
スポーツジムでは幅広いお客様に向けて運動の提案、パーソナルトーレーニングのサポートにやりがいを感じていましたが、それはほんの少し。
1番多い仕事はお客様との直接指導よりも、運営の為の業務でした。
人とのコミュニケーションが好きな私は
休日に公共施設で子供体操教室、アメフト社会人チームのトレーナー活動をする事で充実感を得ていました。
休む時間すら惜しいと、駆けずりまわる毎日。
ーー突然はじまった闘病生活ーー
働き始めて半年経過した頃から、頭痛と発熱が続くようになり夜は眠れない生活が続き、1ヵ月半。
「さすがにやばい」と思い、会社に申請をし、病院にかかったのですが、1日がかりの検査。
ようやく診察室に呼ばれたと思ったら
車椅子が用意されていて、入院の手続きが進み
その日の夜には余命宣告をされてしまうのでした。
病院に駆けつけてくれた両親と私、あの時の空気は今でも忘れません。
ここから壮絶な日々が続きました。治療で倒れてしまう度、日常の当たり前が当たり前でないことを突きつけられているようでした。
この時に1番最初にノートに書いたこと
「お母さんになりたかった。」
ここから紆余曲折
1年の入院生活を終え、私はまた社会生活が送れるようになりました。
入院生活では話しても話しきれないほど様々な出会い、出来事がありました。
この経験で得たことは、私自身の生き方・道場でのお子さまとの向き合い方・大切にしていることの土台となっております。
ーー両親の体調不良ーー
それから数年経ち、両親も順番かのように身体を壊すことがありました。
私の闘病生活を誰よりも支えてくれたのは両親でしたから、いつもなにか私に出来る事はないかと模索していました。
リンパが腫れたら、専属のトレーナーになりたい、とマッサージの講座に通い、食事の制限がでればありとあらゆる本を読みあさり、無農薬の食材を送り付けるなどしておりましたが、それよりも大切な事があることに気がつくようになりました。
それは、両親がしてきてくれたこと。
目には見えないけど、分かること、伝わることを大切にしていく!
ーーエアロビクスインストラクターになるーー
身体の不安が少しづつなくなってきた頃
「やりたいことをやるんだ!!」
当時働いていたクラブで1番輝いてみえたインストラクターさんから
「素晴らしい先生がいる。その先生は養成コースをやっている」
と聞き、私はエアロビクス未経験のまま、養成コースに申込みをしてしまいます。
出来の悪い私は「帰れ!」「みんなの迷惑なので端で見ていてください。」の連続でした。
今から20年前、エアロビクスが大いに盛り上がっていた時期でしたので、仲間はみんなエアロビクスマニアです。
経験値も知識の量もまるで違います。
ですが、ここでも全くめげる気もありませんでした。
むしろ、数年後の自分を思い浮かべてはニタニタするばかり。
「エアロビクスが楽しくて仕方がない。わたしはこういうインストラクターになるんだ!」
目標にむかってまっしぐら。
また、この時期から
誰から、どのように学ぶのか、そこが大切だと思うようになりました。
出逢いが人生を変えることがある
バスケットのコーチとの出逢いもそうです。
今でも感謝の想いでいっぱいです。
ーーテコンドーを始めるーー
体育館でやっているテコンドーの教室の体験会に子供が参加。
その日はなにもなく、数週間たってから「なにか習いごとをさせたいな」と思い入会。
練習は行ったり行かなかったり、そんなことが2年続き「違うスポーツを体験してみたら?」と声をかけると、
「1人かっこいい先輩がいるんだ、その子みたいになりたいんだ。」
と息子の言葉を聞き、親である私もその子に興味を持つようになり、テコンドーについても少し感心がでてきました。
その後、持ち前の探究心に火が着き、4年後家族みんなで習うことになるのでした。
ーー試合、模索、試合、模索ーー
入会して2ヵ月で試合に出ました。
この頃には既に「指導する側になりたい」という目標があったので可能な限り試合に参加しました。
対戦相手は学生ばかり、ましてや、小柄な私が無差別級で体重10も20kgも多い選手との対戦ばかりで思うように勝たせてはもらえませんでした。
ですが、自分の良さは何か、不利をプラスに変える何かがあるはずだ
と常に模索、試行錯誤を繰り返していきました。
日々奮闘する中で私には優位な事がありました。
それは自分自身が身体のことについて学び続けている事、理解していて、指導にあたっているということでした。
動きの元を知している自分が深く探っていく事、それを言葉に変えて表せることに価値を感じ,それが強みになっていること、を実感しました。
また同時期に大谷翔平選手が実践している「目標達成メソッド」と出会い、実践をするようになり結果を少しづつ出せるようになります。
ーーー移籍ーーー
ITFテコンドーから
憧れていたWTテコンドーへ!
同じテコンドーですが、ルールが違うので身体の使い方も変わります。
新しい環境への不安はもちろんありましたが、学びを深める楽しさが上回りました。
ここではみんながとても強く歯が立ちませんでした。
ですが、やはり「楽しくて仕方がない!」
かっこ悪い自分も好きだし、成長していく自分たちに気がつく瞬間は、周りがどう思おうと関係なく、幸せを感じました。
ーー今、思うことーー
普段沢山の仲間と稽古をしているので忘れがちですが、テコンドーは個人競技です。
試合中は、自分と相手選手しかコートの中に入れません。
テコンドーを学び始めてから
自分と向き合うことが多くなりました。
「もっと自分の意見を言ってもいいんじゃない?」
「もっと自己中でいいんじゃない?」
自分自身とこんな会話が増えました。
今はまさにこれを大切にしています。
道場で子供達にも伝えています。
もっと自分を出していい!
周りを気にする必要もない!
自分がやりたいようにやってごらん。
ちょっと方向が違うかな、と思ったら一緒に話しをしよう!と。
みんな、自分で自分を幸せにする力を持っている。
それに気づく手段が、
テコンドーであり、テコンドーに熱中するパワーだったり、あなたの大切なお子様と私が出逢う事であるように、と思っています。
ーー夢中から得られることーー
何かに夢中になる、熱中するという経験をしていると、マイナスな言葉もプラスに捉えられたり、自分に優しくなれたり、自分を大切に出来るようになるのではないかと、思っています。
他者への思いやりは、自分で自分の幸せを感じてから、自然と湧き出るもの、と考えています。
もちろん上手くいく事ばかりではありません、失敗も沢山あるでしょう、でもそこからの学び、得たことは誰にもないあなたのお子様だけの貴重な強みになると私は想っています。
私の師事している先生はいいます。
言っていることよりも、やっていることをみてごらん。
少しうるさくて賑やかで
怒ると怖いお母さん先生の私ですが
そんな私の稽古を、同じ空間にいる子供達を見て頂ければ、伝わる事があるのではないかと思います。
私は幼い頃から武道をやってきたわけではありません。
業界では、女性代表・常設教室はとても稀だと思います。
最速最短でテコンドー2団体で1段を取得し
国際大会にも参加をし結果が残せた
私ならではの育成メソッドと過去の経験をもとに真剣にあなたのお子様を笑顔にすることをお約束します。
最後までお読みくださりありがとうございます。